昔話
人の噂話を聞いていたら
本当の事が1%でもあれば成立するよねって思う
(いや。本当の事なんて必要ないのかもしれない)
尾鰭背鰭が付いていても誰もそこには気が付かないし、知ろうともしない
そして本人の話は嘘とされ、噂話が真とされる
かつて怪文書と同時に拡散された噂話によって離婚した私
私の所に話が入ってきた時には私に弁明の余地は残されていなかった
冷静に状況を見れば故意的な事象だとわかりそうだけれども
嫁ぎ先からしたらそれが例え嘘で固められた内容であろうと
その状況が我慢できなかったんだろうね
(当時はこんな事思えなかったけど)
心配する顔を前面に出しながら、
興味本位で話を聞いてくる人もいたし
そんなだから失敗するんだと叱る風を装ってくる人もいた
もちろん、寄り添ってくれる人もいたし
何も言わず・聞かずに外の世界に連れ出してくれる人もいた
あの時期は良くも悪くも
人の本性を見た時期だったと思う
昔話2
昨日も書いたけど、
何かあった時、必ずと言っていいほど感情が動く
全てに無関心になる必要はない
でも、物事を判断する時にそれは時として邪魔になる
スクールに通う前だけど、曖昧な関係性となった人がいた
彼は2日に1回くらいのハイペースで泊まりにきていたし、
本人も彼女はいないと言い、周りの認識もフリーな人だった
彼にかぎって騙す様な事はしないはず!と私は疑わなかった
偏った見方をしていたから気が付かなかったんだよね
その後ドタキャンされる事が多くなり疎遠になって2年も経たないうちに
彼は盛大に結婚式を挙げていた
聞くと、私との関係が始まる前からお付き合いしていたらしい
彼と私の始まりも不誠実だったし
彼は私だけでなく妻となった彼女にも不誠実な行動をしていた
そんな人に選ばれなくて良かったし、選ばなくて良かったと後に思った
フラットに
スクールはで何度も”真実を知る事”の重要性を伝えてもらった
出来事に対して感情を使うとそこには嬉しさや楽しさ・苦しさや嫌悪感など
様々な気持ちが出てくる
でもその感情のまま判断してしまうと偏った見解となり正しい行動はできないんだよね
相談事って大抵自分を庇って(非を隠して)される事が多い
だから両方の話を聞くと、”ん??”となる事もしばしば。。。
双方から話を聞く事ができれば良いけど、そうは行かない時が多いし
当事者でかつ即判断を迫られると後で取り返しがつかなくなる事もある
だから、(彼にかぎって!みたいな)先入観や自分の感情に左右される事なく
フラットに事象を見て、考え、見極める必要がある
その結果が予期せぬ事であってもなくても
私たちにできる事(必要な事)は正しく対処する事
偏った見方、対処をするとどんどんこんがらがって収拾がつかなくなってしまうからね
というか、身近に起こっている面倒な事は紐解くと最初の対処が間違っている事が多いのかもしれない
こうだ!と決めつけてしまっていたり
そう思いたいという感情が働いて違和感を感じても見て見ぬ振りをしてしまったり
ちょっとはずる賢く生きていかないと、やっていけない!って思ってた時期もあった
でもそれって何と戦っていたんだろうって今は思う
日々自分と向き合って、寄り添い・癒していく
事象に対してフラットに見て対処する術を考える
もちろん完璧ではないからサポートをしてもらう時もある
この繰り返し
そうするとね、意外と忙しいしでも豊かな環境になっていくんだよね
(無駄な争いなんてなくなるよ)
もうすぐ秋分の日
星詠み視点で秋分の日を表すと”真実を正しく見る”となるらしい
この日をきっかけに感情を横に置いて現状などを見直して見るのも良いかもね☆
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